第12回:イギリスにおけるコロナ禍の外出制限・集会規制

はじめに

 イギリスの新型コロナ感染者数は175万人を超え世界7位であり、死者は6万人を超えた。今年3月から感染拡大が深刻になり、イングランド*1では2度のロックダウンが行われた。政府のコロナ対応には国民から強い不満が表明されたが、その法的根拠をめぐっても法曹や法学者からの様々な問題の指摘がなされた。

 

1 外出制限・集会規制の法的根拠

 イングランドでは、ロックダウン期間中の外出制限や集会規制は大臣が定めた規則により行われた(感染状況に応じて複数の規則が設けられた*2)。特にロックダウン期間中は外出制限と集会規制が定められ、自由が厳しく制限された。イギリスには2004年民間緊急事態法(Civil Contingencies Act 2004)という非常事態を想定した法律があり、今回の事態は同法の「緊急事態」に十分に該当しえたが、政府はこの法律を用いなかった。また、イギリスはヨーロッパ人権条約(Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms)に参加しており、しかも1998年人権法(Human Rights Act 1998)でこの条約を国内法に編入している。条約15条には緊急事態における「逸脱(derogation)」の規定があり、この手続を踏めば緊急事態に通常では不可能な人権の制約をなしうるが、イギリスはこの措置もとらなかった。

 また、イギリスでは3月に2020年コロナウィルス法(Coronavirus Act 2020)が制定されたが、この法律は外出制限や集会規制の根拠法として用いられなかった。上記の規則は、既存の感染症対策立法である1984 年公衆衛生(疾病管理)法(Public Health (Control of Disease) Act 1984)の委任によって設けられた。

 

2 憲法上の論点

 イギリスでは上記規則をめぐり法的論争が巻き起こった。最大のものは法律の委任の範囲に関わる。委任元となる1984年公衆衛生(疾病管理)法は、外出制限や集会規制の根拠となるのかが疑わしく、規則が法律の委任の範囲を超えると主張された。この点に関しては合法とする説もあったが、違法とする説が多数を占めた。

 また、委任の問題をクリアできてもイギリスが「逸脱」の申請を行っていないため、人権条約5条(身体の自由)、11条(集会の自由)等の権利・自由の侵害が問題になる。ヨーロッパ人権裁判所は条約適合性の判断において、目的の正当性と手段の必要性をいくつかの要素に分けて審査する「比例テスト(proportionality test)」を採用しており、外出制限・集会規制がこのテストを満たすのかが焦点となる。外出制限・集会規制いずれの条約適合性についても学説は割れている。

 このほか、規則が議会のチェックを十分に受けなかったこと、政府の国民向けのメッセージがわかりづらかったため、法的拘束力のない社会的距離と法的拘束力のある外出制限・集会規制の違いが曖昧で、国民の間に混乱を招いたこと、警察が規則の内容を理解せず過剰な取締りを行ったこと等が指摘された。

 

おわりに

 イギリスではロックダウンを命じた上記規則の合法性を問う裁判も提起された。今月1日に控訴裁判所が規則の合法性を認める判決を下したが(Dolan v. Secretary of State for Health and Social Care [2020] EWCA Civ 1605)、控訴人は最高裁への上告の手続を行ったようである。最高裁の判断が注目される。

(奈須祐治・西南学院大学教授)

 

*1:イギリスは主にイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成されている連合王国であり、新型コロナ対策は国ごとに異なるが、本稿ではイングランドの規制に焦点を当てる。

*2:最初の外出制限・集会規制の根拠となった規則はHealth Protection (Coronavirus, Restrictions) (England) Regulations 2020である。

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