第2回:アメリカの緊急事態宣言

はじめに

 第2回は、アメリカの緊急事態宣言を取り上げる。周知のとおり、トランプ大統領は新型コロナ対策よりも経済を重視する考えの持ち主である。経済にダメージを与えかねない緊急事態宣言には、消極的であるという印象が強い。

 他面、アメリカは何か事が起きるとただちに行動する印象があり、実際、これまで様々な事態に対して緊急事態宣言を出してきた。それでは、コロナ禍に対してはどうだったのか。いつ、どのような法令に基づいて、いかなる内容の緊急事態を出したのかをみてみよう。

 

発出時期

 2020年1月30日、WHOは新型コロナウイルスについてパンデミック宣言を出した。実は、アメリカもその翌日(1月31日)に緊急事態宣言を出したのである。こうしてみると、アメリカの対応は迅速である。

 ただし、この「緊急事態宣言」はあくまで公衆衛生上の緊急事態であり、大統領が直接宣言したものではなく、営業停止など感染防止のための規制を打ち出したものでもない。公衆衛生上の緊急事態が出ても、感染の震源地はアジアであるというイメージもあり、アメリカはどこかしら対岸の火事のような様子で見ていた節がある。

 ところが、3月に入ると事態は一変した。感染者が急増し、3月末には感染者数が世界1位になったのである。さすがのトランプ大統領も事態の深刻さを察し、3月13日に大統領による本格的な緊急事態宣言を出すに至った。

 

法的根拠

 最初の緊急事態宣言(1月31日)は、公衆衛生法319条に基づいて保険福祉省長官が出したものである。同条には、発出の際には必要であれば公衆衛生担当者との協議を行うと規定されているだけで、緊急事態宣言に関する要件等は明記されていない。そのため、保健福祉省長官は自らが緊急事態と考える状況であれば、緊急事態宣言を出すことができる。 

 もう1つの緊急事態宣言(3月13日)については、実はいくつかの法的根拠に基づき、複数の緊急事態宣言が出されている。大別すれば、①国家緊急事態法および社会保障法上の緊急事態宣言と、②スタフォード法(Stafford Act) に基づく緊急事態宣言である。前者は国民に向けて発したものであり、後者は閣僚に向けた文書の中で発せられたものである。

 

法的効果

 1月31日の保健福祉省長官が出した公衆衛生法上の緊急事態宣言は、その発令によって助成金の付与や経費の手当を行ったり、疾病、治療、予防のための調査を行ったりすることができる。また一時的に対策に必要な人材を配置・派遣するなど人的資源を活用することができるようになる。

 3月13日の緊急事態宣言のうち、①国家緊急事態法および社会保障法上の緊急事態宣言は大統領が国民に向けて発したものであり、これは国民に対して「今は緊急事態である」というインパクトを与える点に主眼がある。

 一方、実務的効果があるのは②スタフォード法に基づく緊急事態宣言である。アメリカでも、実際の緊急事態対応は州や自治体が行う。そのため、連邦が行うのは主としてその「支援」である。そのため、スタフォード法に基づく緊急事態宣言は、連邦政府の機関である緊急事態管理庁が州や地方自治体に対して技術的・財政的など様々な支援を行う手はずを整えるものとなっている。

 

日本との比較

 アメリカの緊急事態宣言の特徴は、①感染症まん延の際の緊急事態宣言に関する法令がいくつも存在し、事態に応じた対応が可能になっていること、②連邦政府の緊急事態宣言は州や自治体の支援が主であることである。

 日本では、感染症分野の緊急事態宣言は、新型インフルエンザ特措法に基づくか、自治体が発令するかしかない。しかも新型コロナウイルスの場合には自治体が「非常事態宣言」や「感染拡大阻止緊急宣言」などの緊急事態宣言を条例の法的根拠なく発令しており、法整備が求められるところである。

 また、日本では、緊急事態宣言が強制力を用いた措置を行う契機になるものとみなされがちであるが、緊急事態においては強制力を伴う措置ばかりが適切とは限らない。今後の制度設計にあたっては、アメリカのように支援や補償などの側面も意識する必要があるかもしれない。

(大林啓吾・千葉大学教授)

 

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