第7回:コロナ禍のなかで考える「教育を受ける権利」

はじめに

 筆者に与えられたテーマは、「コロナ禍」が学校教育にもたらした影響を「教育を受ける権利」(憲法26条1項)の観点から検討する、というものである。

 このテーマについては重要な問題が数多くあるが、以下では、教育が行われる「空間」に焦点を絞り、インターネット空間で行われる「オンライン教育」と、学校空間で行われる「リアル教育」についてお話ししたい。

 

オンライン教育の重要性

 コロナ禍が深刻化の一途をたどっていた2020年2月27日、政府は全国の小中高校等を臨時休業(学校保健安全法20条)にするよう要請した。各地方自治体がこの要請に応じて実施した臨時休業は、4月に緊急事態宣言が発せられた影響等により、春休みが明けても解除されず、地域によっては5月末頃まで継続することとなった。その結果、子どもたちは、「教育を受ける権利」を保障されているにもかかわらず、数か月にわたって学校教育を受けることができないという状況に追い込まれた。

 このような状況にあって、「子どもたちの学びを止めない」ための手段として注目されたのが、インターネット空間で行う「オンライン教育」である。オンライン教育は、教師や子どもが物理的に集まる必要がないため、新型コロナが猛威を振るうなかでも、感染リスクを気にせず実施することができる。それゆえ、オンライン教育は、教育の機会を確保するうえで重要な手段として認識されるようになった。

 文部科学省の調査によれば、4月16日の時点において、公立の小中高校等を設置している地方自治体のうち、同時双方向型のオンライン教育を実施している(または実施する見込みである)と回答したのはわずか5%であったが、こうした現状は教育を受ける権利を軽視するものとして厳しい批判にさらされた。

 

リアル教育の価値

 他方で、オンライン教育の普及は、学校空間に教師や子どもが集まって行う「リアル教育」の価値を再認識させることにもつながった。

 すなわち、十分な教育効果をあげるためには、教師と児童生徒でのコミュニケーションが不可欠であるところ、その点でオンライン教育には限界がある。たしかにウェブ会議システムには便利な機能が多数盛り込まれているが、それでもリアル教育ほどきめ細やかなコミュニケーションをとることは難しい。ましてや、体育や音楽等の技能教科や、部活動や各種行事等をとおした指導、そして休憩・清掃・給食時の交流等については、オンラインで実施すること自体が困難といえる。

 また、学校という空間それ自体も、様々な価値を有している。たとえば、学校は、大勢の子どもたちが毎日集まって交流できる、貴重な「居場所」である。こうした空間が子どもの人格的成長にとっていかに重要であるかは、改めて述べるまでもないだろう。また、特に虐待を受けている子どもや貧困家庭の子ども等にとって、学校は「セーフティネット」でもある。すなわち、学校は、児童虐待を最も発見しやすい環境のひとつであるし、生活に必要な施設・設備が整っているうえ、栄養バランスのとれた給食を提供してくれる。学校空間が有するこれらの価値も、リアル教育の大きなメリットであるといえよう。

 

教育の「空間」という問題

 上述のとおり、コロナ禍に伴う長期休校は、「公教育は学校空間で行われる」という、従来当然視されてきた公教育制度の前提を揺るがした。こうした事態を憲法学の観点から検討すると、いくつかの重要な論点がみえてくる。

 たとえば、教育の機会均等に関する従来の議論は、すべての子どもが学校に通える環境を整備することに重点を置いてきたが、上記の事態は、オンライン教育等の「学校に通えなくとも教育を受けられる環境」の重要性を浮き彫りにした。こうした環境の整備は、コロナ禍が生じる前から、長期入院中の子どもや不登校の子どもにとっては大きな課題だったのであり、その意味で古くて新しい問題といえる。

 また、子どもの学習権に関する従来の議論は、主として教育の内容を問題にしてきたが、上記の事態は、「学校空間」それ自体の重要性を明らかにした。同じ内容の教育であっても、それがインターネット空間で行われるのか学校空間で行われるのかによって、子どもの学習に大きな差異が生じる。このことは、公教育のオンライン化を進める際に留意すべき点であり、教育を受ける権利に関する現代的問題のひとつといえよう。

 

おわりに

 ようやく問題提起に行きついたところだが、残念ながら、このWeb連載でこれ以上の検討を行う余裕はない。上記の問題に対する筆者自身の考えや、コロナ禍と学校教育をめぐる他の諸問題については、別の機会に詳しく論じることにしたい。

(堀口悟郎・岡山大学法学部准教授)

 

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