緊急寄稿:東京都条例案の意義と課題

 9月9日、東京都議会の最大会派である都民ファーストの会は新型コロナウイルス対策の条例案を発表した。第1波や第2派の経験を踏まえて様々な課題が浮かび上がり、その改善に向けて条例制定に取り組もうとしていることは評価できる。少なくとも、既存の法令の拡大解釈によって場当たり的に対応するよりは、条例の規定に基づいて対応した方が法の支配に適う方法であるといえよう。特に東京都の感染者数が多いことを踏まえると、条例改正によって一層効果的な対策をはかることが望まれる。

 ただし、感染症法2条および3条や新型インフルエンザ特措法5条は人権への配慮規定を設けていることからもわかるように、感染症対策は時に個人の自由を制約してしまうことがあり、条例制定については慎重に検討を行う必要がある。とりわけ、今回の条例案には全国で初めて一定の違反行為に対して罰則を科す規定が設けられているため、それについての検討が必要である。

 

条例案の概要

 まずは条例案の概要を確認しておこう。条例案は、予防や感染拡大防止等の努力義務、療養設備や医療体制の整備、情報提供や要請に従わない事業者の公表等に関する規定を設けているが、ここでは罰則関連の規定に焦点を絞ってみたい。

 条例案14条は、①検体採取を受けるように勧告を受けた者が正当な理由なく2日以内にそれに従わなかった場合、②新型コロナの患者が就業制限に従わずに他者に感染させた場合、③新型コロナにかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者が外出禁止要請に従わずに他者に感染させた場合、④施設の使用停止、催物の開催の停止、営業時間短縮の要請を受けた事業者がそれに従わなかったときにその場所において規則で定める人数以上の感染が生じた場合(ただし、事業者が合理的な感染予防策を講じていた場合を除く)、5万円以下の過料に処するとしている。

 簡潔にいえば、①PCR検査を正当な理由なく拒否した場合、②患者が就業制限に従わずに他人に感染させた場合、③陽性者が外出禁止要請を無視して他人に感染させた場合、④営業停止や時短などの要請を受けた事業者が予防策を講じないまま多数の感染を出した場合に過料に処せられるということである。

 ①については感染症法16条の3第3項で強制が可能であり、②については同法77条4号で50万円以下の罰金の対象になっているが、③は感染症法44条の3第2項、④は新型インフルエンザ特措法45条2項(条例案は24条9項も含めている)に基づく要請にとどまっており、強制または罰則の対象となっていない。

 

政策転換のインパクト

 過料とはいえ、特に③と④に罰則を設けることはこれまでの日本の特徴であった自粛ベースの穏健型の手法を強制型の手法に転換することを意味する。もちろん、欧米諸国にみられるような強制型の手法と比べればまだ緩やかである。強制型を採用する国では、感染の有無にかかわらず、強制的に外出が禁止され、許可証携帯や正当な理由などの要件を満たさずに外出すると罰金を科される。そのため、条例案が陽性者の外出禁止にとどめている点はなお緩やかだといえる。また、罰金ではなく過料としている点もなおソフト感を残しているように思える。

 しかし、これまで日本が穏健型の手法で感染拡大を抑制しようと努め、比較的感染を抑えられている状況を踏まえると、この転換は大きな意味を持つ。とりわけ、様々な意味で影響力の強い東京都が全国に先駆けてこうした条例を制定することになれば、それに続く自治体が出てくる可能性もあり、あらかじめそのインパクトを考慮しておかなければならない。また、政策転換をはかる場合には都民に対して十分な説明を行う必要があろう。

 

具体的課題

 それでは、条例案14条の①~④の問題点を検討してみよう。まず目につくのが、どこにも告知と聴聞に関する規定がないことである。①と②については感染症法が強制または罰則を定めている以上、同法に一定の手続規定があるが、③と④については感染症法が協力要請としている以上、そうした規定が存在しない。そのため、過料を科す以上、少なくとも③と④については告知と聴聞に関する規定があってしかるべきである。 

 次に、憲法94条が条例は法律の範囲内でなければならないとしている以上、特に③と④が法律の範囲内かどうかを確認しておく必要がある。③と④の対象行為につき、感染症法または新型インフルエンザ特措法はそれらについて要請にとどめている以上、それらについて過料を追加することはその内容をより厳しくしていることになる。そのため、条例案は法律の範囲を超えているようにみえる。 

 もっとも、徳島市公安条例事件判決によれば、法律がその地方の実情に応じて別段の規制を施すことを容認する趣旨である場合には法律と条例の衝突は起きないとしている。感染症法44条の3第2項または新型インフルエンザ特措法45条2項は都道府県にそうした対応を行うことを認める規定であり、地方ごとに地域の事情に応じた規制を認めていると解釈できる。そのため、過料5万円の程度であれば、直ちに法律の範囲を逸脱しているとはいえないだろう。

 また、②と③が定める「他の者に新型コロナウイルス感染症を感染させたとき」という規定が気になる。ある人が別の人にウイルスを感染させたということの証明は難しいといわざるをえない。たとえば、陽性者Aが療養施設を抜け出してコンビニで買い物をし、店員Bが数日後に感染したことが判明したとしよう。しかし、BがAから感染したとは限らない。他の客から感染したり、通勤途中に感染したり、家族から感染したりと、可能性は無限にある。また、故意なのか過失なのか、そのあたりの見極めも難しいだろう。そのため、この規定は漠然としすぎているきらいがある。

 この点、感染症法は一種病原体についてであるが、「一種病原体等をみだりに発散させて公共の危険を生じさせた者」を罰則の対象にしている。これも漠然とした規定ではあるものの、外形的行為の態様としては理解しやすく、ならず者の行為を規制対象としていることがわかりやすい。したがって、この規定についてはより明確な内容に改める必要があろう。

 

さらなる課題

 以上の規制は、感染症のまん延を防止するという目的に基づいていることから、先に挙げた問題点を直し、かつ人権に配慮した必要最小限の運用を行うのであれば、公共の福祉に基づく正当な規制ということになろう。だが、条例案が強制型へと舵をきっている以上、穏健型と比べると、明らかに国民の権利を制約することになる。そのため、要請に従わなかった一部のケースを理由にして、従来の穏健型手法を転換させる必要があるのかにつき、なお慎重に検討する必要があろう。

 また、政策的課題については別途検討が必要である。とりわけ、④につき、事業者への補償をどうするかという課題が残る。仮に補償を行うことが是であるとすれば、国が補償を行っていない以上、その負担は東京都が負うことになるため、その責任を負う覚悟があるかどうかが問われることになる。

(大林啓吾・千葉大学教授)

 

 

 

 

 

 

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