第10回:休業要請と補償

「休業要請と補償はセット」

 「休業要請と補償はセット」というフレーズを、2020年春以来、みなさんもしばしば耳にしてきたことであろう。2020年11月になって、新型コロナウイルス感染症の感染者数が増加し、日本全国での1日の感染者数も最多を更新する日が増えている。現時点(2020年11月末)では政府は再度の緊急事態宣言を発出することに消極的であるが、地方自治体では、感染の拡大を受けて時短営業や休業の要請を行うところも見られる。もっとも、今後の感染拡大の状況によっては、休業要請がまた広く行われる可能性も残されている。そこで今回は、「休業要請と補償はセット」について検討すべき点を示すこととする。

 

憲法上義務付けられる補償と政策としてなされる補償

 憲法29条は、「財産権は、これを侵してはならない。」(1項)とする一方で、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」(3項)と定めており、一定の場合に「補償」を行うことを義務付けている。

 それでは、どのような場合に、憲法上「補償」が義務づけられるのか。一般的な見解によると、憲法29条3項の補償(これを一般に「損失補償」という)は、適法な公権力の行使に基づく財産上の「特別の犠牲」に対して、負担の公平の見地からなされる財産的補償をいうと考えられている。逆にいえば、適法な公権力の行使に基づく財産上の「特別の犠牲」に対するものでない限り、憲法上は補償が義務付けられていない。そして「特別の犠牲」は、主として、社会通念に照らして財産権に内在する社会的制約として受忍すべき程度のものでなく財産権の本質的内容を制約するほど強度なものかという基準によって判断される(たとえば、空港を拡張するために土地建物の所有権を移転される場合など)。

 もっとも、憲法で義務付けられていない場面でも、政策として補償を行うことは、憲法上問題はない。それゆえ、補償という概念を憲法上の義務としての補償、あるいは政策的補償のどちらの意味で用いているのかには、自覚的である必要があろう。

 

公権力の行使と「特別の犠牲」

 それでは、「休業要請」は憲法上補償が義務付けられるのだろうか。まず、形式面からみると、「休業要請」が公権力の行使であるかが問題となる。現在の新型インフルエンザ特措法の仕組み上(法24条9項および法45条2項)、「休業要請」は、それに違反したとしても罰則の定めはないので、行政からの単なる「お願い」に過ぎず、それに従う必要は法的にはない(行政指導)。このように権利の制約や義務の賦課を伴わない「休業要請」は、果たして公権力の行使と言えるであろうか。そして、「自粛警察」による「圧力」をどう考えるべきか。

 次に、実体面をみると、「休業要請」により「特別の犠牲」があったかが問題となる。「休業要請」では、感染症の拡大防止という危険の防止が目的であり、営業の一時的な停止を求めるだけで、店舗の土地建物の所有権を奪うといったことはない。もともと、国(公権力)には、市民の生命・身体の安全を守るために規制を行う権限があり、そしてこのような規制により財産権が制約されたとしても、それは上記の内在的制約にあたるため補償は不要だと考えられている。たとえば、食品衛生法(およびそれに基づく告示)は食中毒を防止するために一定の食材を加熱しないまま提供すること等を禁止しているが(違反には罰則もある)、これが憲法上の補償を要するものだとは考えられていない。さて、「休業要請」は、上記の内在的制約に該当するのだろうか。

 

おわりに

 検討すべき問題を提示したところで、字数の上限に到達してしまった(続きは改めて検討したい)。「要請違反」に罰則を付すという提案もあるが、そもそも感染拡大防止という観点からすれば、「要請違反」の営業を行った段階で感染拡大の危険性はすでに生じており、制裁は感染拡大防止に直接的に有用でないともいいうる。苦しい経営状況のなかであえて「要請違反」の営業をしなくて済むように、たとえ憲法上の義務ではないとしても、政策的な補償を広く行うという選択肢もある(たとえば、ドイツでは、11月の規制強化に伴う政策的な経済的援助として、従業員50名までの飲食店等は前年同月の売上の75%が補償される)。年末のかき入れ時と同時に「第3波」を迎えつつある現在、補償のあり方を考える際の一助に本稿がなれば幸いである。

(山本真敬・新潟大学法学部准教授)

 

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