第9回:フランスにおける感染症対策法制とCOVID-19対策

はじめに

 フランスでは、「衛生緊急事態」が2度発令され、法律で延長されてきた(1度目は、2020年3月23日~7月10日、2度目は2020年10月17日~2021年2月16日の期間)。本連載第2回で紹介されているように、衛生緊急事態は、平時の感染症対策のしくみの中にCOVID-19対策として新たに組み込まれたものであるが、市民の人権を大きく制約するような措置がとられうることから、公衆衛生と人権保障とのバランスが大きな問題になっている。そこで、フランスのCOVID-19対策のしくみと、人権保障とのバランスについてみていくことにしたい。

 

フランスの感染症対策法制

 COVID-19対策は、公衆保健法典などの法律を根拠に行われてきた。公衆保健法典は、①検疫や予防接種などの感染症発生前の対応、②発生後の対応、③まん延時の対応という、フェーズに応じた感染症対策を想定している法律である。このうち、COVID-19対応でフル活用されたのが、②と③である。

 ②のフェーズでは、感染症の拡大など緊急措置を要する重大な保健衛生上の危機が生じた際に、厚生大臣に、必要な措置を講じる権限が特別に付与される(L.3131-1条以下)こうした規定は、③が創設されるまでの間、COVID-19対策として、医療用マスクの収用配布をはじめとする医療提供体制の強化だけでなく、大規模集会の禁止等の感染予防措置を命じる際にも適用された。

 ③のフェーズは、2020年3月に「衛生緊急事態」として新しく創設され、2021年4月1日までCOVID-19対策のために必要に応じて適用することができる規定が備えられている(L.3131-12条以下)。衛生緊急事態が発令されると、首相をはじめとする行政機関が人権をより大きく制限する措置をとることができるようになる。たとえば、患者の隔離や一般市民の外出禁止などが、こうした規定に基づいて発令されてきた。

 さらに7月には、同じく期限付きで衛生緊急事態から平時への移行に関する法律が成立し、2回目の衛生緊急事態まで適用されたほか、2回目の緊急事態終了後から4月1日までの期間にも適用される予定である。

 

COVID-19対策と人権保障との狭間で

 このように、フランスではCOVID-19に即応して、対策のための法律が次々と創設され、行政にCOVID-19対策のための権限を付与してきた。実際に、1回目の衛生緊急事態には、全国的な外出禁止などの強力な措置を講じ、感染者数が減少した。しかし、衛生緊急事態が終了すると、また感染者数が急増し、10月14日には1日の新規感染者が22,592人にのぼり、冒頭でみたように、2回目の衛生緊急事態が発令されたのである。そして、12月1日まで外出禁止が命じられている。

 一方、衛生緊急事態の創設当初から、国会では、こうした強力な措置によって必要以上に人権を制約してしまっていないかという懸念も議論されてきた。そこで、国会は、行き過ぎた人権制約を防止するために少なくない「安全装置」を法律に設けている。たとえば、首相が発する措置は列挙されており、ある程度限定されている。患者の強制入院など人身の自由の制約を伴う措置は、行政のみによる判断ではなく、司法裁判所による承諾がなければ、一定期間を超えて行うことができない。また、政府の宣言する衛生緊急事態は1か月を超えてはならず、その延長は、国会の議決を経る必要がある。

 それでも、長期間にわたる外出禁止やそれに違反した者に対する厳しい罰則の適用、患者の個人データの取扱いや強制隔離について、すでに数十件の訴訟が提起されており、憲法や法律への違反が認定されたケースも少なくない。

 

日本への示唆

 フランスでは、公衆衛生上の危機に即座に対応して、法律によってCOVID-19対策のロードマップが示されてきた。国会による危機対応の速さや、人権制約への歯止めのあり方には、日本にとっても参考になるように思われる。しかし、そうした法律や法律に基づく措置によって人権が制約されることについては、市民や裁判所の目は決して優しくない。

 フランスでは今、国会による法律の制定、行政によるその適用、市民による裁判の提起と判決という流れのなかにあって、COVID-19対策のしくみが少しずつ展開している。こうした流れのなかで公衆衛生と人権保障とのバランスを模索する姿もまた注目されるように思われる。

(河嶋春菜・帝京大学法学部助教)

 

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