第3回:イタリアにおける新型コロナウイルス対策

はじめに

 本連載の第1回を執筆し終えた2020年8月中旬から、イタリアでも新型コロナウイルスの新規感染者数が再び増加傾向にある。とはいえ、9月上旬の段階では、今春の状況を上回るには至っていない。本稿では、同年2月以後、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえてどのような対策が講じられてきたか、国民の権利等の制限の側面に焦点を絞って紹介する。併せて、新型コロナウイルス対策と憲法上の規定との関係について検討する。

 

対策の内容

 まず、イタリア北部において感染が拡大した2020年2月下旬には、特定の感染地域を対象に、当該地域からの移動禁止、当該地域への立入禁止、デモ・イベントその他の集会の中止、遠隔教育を除く教育活動の中止、文化施設(博物館・図書館・文書館・考古学的遺跡等)の公開中止、公的機関の活動の中止、商業活動の中止、輸送サービスの中止、企業における就労の中止等の対策が実施された。ただし、生活必需品の売買・輸送、公的に必要なサービスの提供等は、例外として認められた。当該対策に違反した場合の罰則は、3か月以下の拘役又は206ユーロ(約2万5千円)以下の罰金とされた。

 続いて、3月に入ると、こうした制限の多くがイタリア全土に適用されることになった。同時に、人の移動は、労働上の必要性、必要な状況、健康上の理由によるものに限定された。また、隔離措置の対象者又はウイルス検査で陽性の結果が出た者が住居から離れることは、絶対的に禁止された。その後も、制限内容の拡張が図られ、罰則として支払う金額も400~3,000ユーロ(約5万~37万円)に引き上げられた。

 これに対して、新規感染者数は3月下旬をピークとして減少に転じ、感染者総数も4月末以降は明確に減少し始めた。そこで、5月以降、制限を一部緩和し、人の活動と感染抑止の両立が図られることになった。具体的には段階的な移動制限の緩和等が認められ、その他の制限も順次見直しが行われている。

 

対策の法的枠組

 以上の新型コロナウイルス対策は、「緊急法律命令」と、それを実施するための首相令に基づいている。緊急法律命令とは、憲法77条に基づいて、緊急性及び必要性の要件を満たした非常の場合に政府が制定する、法律と同等の効力を有する命令である。当該命令は、迅速な政策の実現を可能とするものであるが、公布後60日以内に国会の定める法律により承認されなければ遡って失効する。なお、第1回で取り上げた「緊急命令」は、緊急法律命令とは別であり、憲法上に根拠規定があるものではない。

 こうした緊急法律命令の特徴を踏まえ、新型コロナウイルス対策において、政府がまず緊急法律命令を用いて法律レベルの対策を講じ、当該対策を国会が事後的に見直しを加えて承認する(あるいは、廃止する)という手法が採られた。ちなみに、緊急法律命令で実際に定められた内容は、国民の権利等の制限にとどまらず、経済・社会に対する支援、医療体制の強化まで広範にわたっている。

 

人権保障との関係

 しかし、例えば、緊急法律命令に基づいて人の移動を制限することは、憲法による人権保障との関係で問題はないのだろうか。そこで憲法を見てみると、「全ての市民は、衛生上又は治安上の理由により、法律が一般的に定める制限の場合を除き、国の領土のいかなる部分でも自由に移動し、滞在することができる」(16条)との規定がある。また、憲法32条は、「個人の基本的権利及び社会全体の利益として」健康が保護される旨を定めている。ここから、実際には規定の内容を吟味する必要があるものの、緊急法律命令による移動の自由の制限が、憲法の認める自由の制約の枠内にとどまると解することは可能である。

 

日本への示唆

 イタリアでは、以上見てきたとおり憲法上の規定を根拠に、強制力を伴った権利制限を含む新型コロナウイルス対策が政府を中心に実施された。しかし、実際には、緊迫した状況の下、感染抑止と権利保護(最小限の権利制限)の間で適切な均衡を図ることは必ずしも容易ではない。この点に関して、今後行われるであろうイタリアの事例の具体的な分析は、我が国にも示唆を与えるものと考えられる。

(芦田 淳・国立国会図書館調査及び立法考査局主査)

 

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