第1回:イタリアにおける緊急事態宣言

はじめに

 本連載の第1回となる今回は、イタリアの緊急事態宣言を紹介したい。イタリアでは、2020年1月、災害防護(防災)法典に基づいて、新型コロナに対する緊急事態宣言が行われた。また、緊急事態に対処するため、行政命令でありながら一定の範囲で現行法の適用除外を認める「緊急命令」が制定されている。以下、過去に緊急事態宣言がどのくらい行われているかとあわせ、より詳しくみてみよう。

 

新型コロナの状況

 2020年1月30日、イタリア国内で初めて新型コロナ感染者(中国人旅行者2名)が確認された。2月下旬以降、感染はイタリア北部を中心に拡大し、3月下旬にピークを迎えた。その後、新規感染者数は減少に転じ、6月以降の1日平均は270人程度にとどまっているものの、国内の感染者の累計は約25万3000人、死者は約3万5000人(2020年8月15日時点)と大きな被害が出ている。

 

緊急事態宣言とその根拠

 新型コロナに対する緊急事態宣言は、2020年1月31日に開催された閣議により、2018年に制定された災害防護法典に基づいて行われた。その期間は当初7月31日までとされ、後に10月15日まで延長されている。

 緊急事態を宣言できる対象は、全国的に重大な災害で、期間を限定して認められる特別な手段・権限による対応が必要なものである。こうした災害に対して、関係する州等の要請または同意に基づき、首相の求めに応じて、閣議により緊急事態が宣言される。

 緊急事態の期間は、原則として最長12か月であるが、さらに12か月延長することが可能である。なお、災害防護法典は、それまでの防災関連の法令を整理・統合したものであり、2017年以前は、1992年に制定された法律等に基づいて緊急事態の決定が行われていた。

 

緊急事態における措置

 首相府に置かれた災害防護庁の長官は、関係する州等の同意を得たうえで、緊急事態に対処するための命令を制定することができる。新型コロナに対しても、この緊急命令は、2020年2月から6月にかけて33件制定されている。

 当該命令の特色として、緊急事態宣言において示された限界と基準のもと、法の一般原則を遵守することを条件に、現行法の規定を適用除外することができる。たとえば、2月3日に制定された緊急命令は、災害防護庁長官等が、あらかじめ列挙された公共調達に関する法令に従うことなく手続を進められる旨を定めている。ただし、緊急命令による現行法の適用除外が適切かどうかは、行政裁判所による統制に服する。

 

過去の緊急事態宣言

 ところで、緊急事態宣言といえば、我が国ではこれまで必ずしも身近なものではなかったが、イタリアではどうだろうか。直近5年間で緊急事態が宣言された事例を確認してみると、洪水などの気象災害に対して61件、地震・火山災害に対して6件、環境・衛生上の危険に対して4件、国際的な緊急事態5件となっている。(そのため、2015年8月以降、イタリアのいずれかの地域では緊急事態が宣言された状態にある!)

 このうち、環境・衛生上の危険に対する緊急事態には、イタリア北東部ヴェネト州の一部での有害化学物質による水質汚染、2018年8月に43人の死者を出したジェノヴァでの高架橋崩落等のほか、今回の新型コロナに対する緊急事態が含まれている。また、国際的な緊急事態は、国外における自然災害等について援助活動を行うような場合に宣言され、2016年エクアドル地震をはじめとした例がある(ただし、要件等は、他の類型と異なる)。

 

日本への示唆

 以上、イタリアの緊急事態宣言に関連する法制度および状況を概観した。その中でも、限定的ではあるが行政による法律の適用除外を認める緊急命令は、イタリアに特徴的なものである。実際に、こうした命令がどのような条件のもとで認められるのか(あるいは認められないのか)という点は、日本においても参照に値するものだと思われる。

(芦田淳・国立国会図書館調査及び立法考査局主査)

 

Copyright © 2020 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.