第4回:ドイツにおける緊急事態宣言?

はじめに

 一口に緊急事態といっても様々なものがある。ドイツでは、憲法上の緊急事態条項は使われなかった。つまり、憲法上の諸権利が停止されたり、議会や裁判所による統制がスキップされたりするということはなかった。むしろ、通常の憲法状態を維持したまま、コロナ危機に対処している。とはいえ、緊急の対応が必要であるとの認識は当然存在し、大急ぎで立法措置が行われ、その中には、緊急事態宣言類似の機能を持つものもあった。ドイツにおいて特徴的だったのは、連邦議会●●●●によって「全国規模の流行状況の認定」がなされ、その間に限って、連邦保険省に様々な権限が付与されるという点である。

 

ドイツの緊急事態憲法

 ドイツでは、1933年の全権委任法(民族および国家の危難を除去するための法律)をきっかけに、ワイマール憲法体制が事実上崩壊したことの反省として、戦後に作られた憲法(ドイツ連邦共和国基本法)では、緊急事態条項はあまり規定されていなかった。緊急事態を理由として議会統制が効かなくなるというような事態は、なるべく避けるべきと考えられたからである。

 その後、1956年の再軍備に伴い整備が進み、1968年の基本法改正で本格的な緊急事態憲法(Notstandsverfassung)が整備された。もっとも、ドイツの「緊急事態」は、広く執行府に強大な権限を与えるようなものではなく、事項的に限定され、手続・権限上も控えめに作られている。

 ドイツ基本法上の緊急事態は、外的緊急事態(防衛事態等)と内的緊急事態(災害事態等)に分けられる。コロナ危機が内的緊急事態に当たると主張することもできないではないが、内的緊急事態条項は、パンデミックを想定したものとは考えられておらず、軍や連邦警察の出動が可能となるように権限の再配置をするものにすぎず、新たな規制権限を付与するものではない。いずれにせよ、今回のコロナ危機では、ドイツ基本法上の緊急事態条項は用いられていない。

 

連邦議会による「全国規模の流行状況の認定」

 ドイツでは、2020年3月中頃に社会的接触回避等のガイドラインが、連邦政府と州政府の合意に基づいて発表されて基本的指針が示され、また感染症予防法32条に基づき、州政令が発出されて、保育所や店舗の閉鎖、集会の禁止など様々な規制が設けられた。さらに3月下旬にかけて、コロナ対応の立法が行われた。そのうちの一つが、感染症予防法の改正を含む「全国規模の流行状況において住民を保護する法律」(3月27日公布)である。

 ここで重要となるのは、同法により改正された感染症予防法5条である。同条1項によれば、「連邦議会が全国規模の流行状況を認定する」とされ、その認定の廃止も連邦議会が行う。同条2項によれば、この認定の枠内で、連邦保険省には、一定の目的の範囲内で、入国者への命令や医薬品等の確保のための措置など、様々な権限が付与されることになる。

 連邦議会は、「全国規模の流行状況において住民を保護する法律」の可決直後の25日に、「全国規模の流行状況」を認定した。現在、この認定を廃止するかどうかが議論されている。なお、連邦議会が何もしなくても、この認定に基づく法規命令は2021年3月末に期限切れになる。

 

日本への示唆

 ドイツの対応で特徴的なのは、憲法上の緊急事態としてではなく、平時における憲法上の権利保障を維持していること、すぐに立法措置を行っていること、「緊急事態」(ここでは「全国規模の流行状況」を意味する)の認定を議会に留保させていることである。民主的・法的統制の権限を保持したまま、事態に対処するさまは、民主的法治国家の面目躍如といえよう。

 日本でも、この事態を機に、緊急事態条項を憲法に挿入するといった議論もあるが、それなしに何ができるのか、執行府に権限を集中させつつも、その危険性を防ぐ方途の一つとして、ドイツのやり方は参照に値しよう。ただし、具体的な規律枠組みに対しては、――例えば、権限の付与の範囲が不明確だとか、基本権制限が過剰であるといった――様々な観点から憲法上の疑義も唱えられている。この点については、なお検討する必要があろう。

(石塚壮太郎・北九州市立大学法学部准教授)

 

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