第11回:コロナ禍の信教の自由

はじめに

 新型コロナウイルス予防にはいわゆる3密(密閉空間、密集場所、密接場面)の回避が有効とされたことから、屋内の宗教的活動も影響を受けることとなった。たとえば、寺院での法要、神社での祈願、教会での礼拝、モスクでの礼拝など、宗教的活動には3密を伴うことが少なくない。いずれも活動も、長年にわたり、それぞれの宗教において重要な役割を果たしてきたものであるため、3密回避の徹底を要求することは信教の自由と衝突しかねない。 

 日本は自粛ベースであったことと(なお、文化庁から情報提供という形で感染リスクの回避方法などを示し、宗教行事の自粛を促す文書が日本宗教連盟宛に送られている)、多くの宗教がそれに応じて対面布教、礼拝、団体参拝、大規模式典などを取りやめたこともあり、この緊張関係が問題になる場面はほとんど見られなかった。他面、外国の中にはロックダウンの際に多人数が集まる宗教的活動を禁止するところがあった。

 たとえば、アメリカでは生活必需品の購入などで人が集まることについては規制の対象外としながらも、宗教的活動のために一定数以上の人が集まることを規制する州や地方自治体があり、宗教団体が信教の自由を侵害するとして訴訟を提起し、すでにいくつかの判断が出ている。

 それでは、裁判所はこの問題にどのように答えたのだろうか。今回は、連邦最高裁の3つの判例を概観することにしたい。

 

1 サウスベイ・ペンテコステ教会対ニューソン判決

 実は、連邦最高裁はすでにこの問題に対して3つの判断を下している。そのうち、2つが合憲、1つが違憲という結果になっている。違憲判断が出たのは、後述するように連邦最高裁人事の影響が大きいが、事案類型の異同も見逃せない(なお、後掲の図も参照)。

 まず、最初の事件がサウスベイ・ペンテコステ教会対ニューソン判決である。カリフォルニア州は3月に自宅待機命令を出し、生活必需品を扱う業種のみ営業を認め、さらに礼拝は出席者が施設の収容能力の25%以内か100人以下でなければならないとした。その結果、ペンテコステ教会は従来通りの礼拝を行うことができなくなったため、信教の自由の侵害であるとして訴訟を提起した。

 5月29日、連邦最高裁は5対4で差止請求をしりぞけた。本判決では結論が述べられただけであったため、ロバーツ長官の同意意見とキャバノー裁判官の反対意見をみることで事件の概要や判断の内容をうかがうことができる。

 まずロバーツ長官は、コンサートや映画鑑賞など多人数が密集する世俗的イベントは礼拝と同様かそれ以上の制限を課されており、礼拝だけを厳しく制限しているわけではないことから、宗教的差別はないとした。これに対してキャバノー裁判官は、スーパー等の営業を認めるのに宗教的活動を制限することは宗教的差別にあたるとし、<やむにやまれぬ利益が存在し、その手段が当該利益を実現するために厳密に仕立てられていなければならない>とする厳格審査を適用して、感染症のまん延を防ぐという目的はやむにやまれぬ利益であるが、世俗的活動と比べて宗教的活動に対して重い負担を課すという手段は正当化されないとし、信教の自由を侵害しているとした。 

 

2 カルバリ・チャペル・デイトン・バリー対シソラク判決

 もう1つの合憲判決がカルバリ・チャペル・デイトン・バリー対シソラク判決である。ネバダ州は、屋内で50人以上が集まって宗教的活動を行うことを禁止したが、カジノやその他の遊興施設では収容可能人数の50%まで入場を認めていた。カルバリ・チャペル・デイトン・バリー(教会)はソーシャルディンスタンシングなどの感染対策を打ち出していたが、それでもなお命令に抵触するため、教会での礼拝を行うことができなかった。そこで、同教会は信教の自由を侵害するとして差止訴訟を提起した。

 7月24日、連邦最高裁はまたもや5対4の僅差で請求をしりぞけた。この判決でも判決理由は示されていないが、ロバーツ長官を除き、保守派の裁判官4名は反対意見を執筆するか、それに賛同している。その論旨は次のようなものだった。

 アリート裁判官の反対意見は、まずパンデミックだからといって憲法が無視されてはならないと警告した上で、規制の合理性を審査した。アリート裁判官によれば、屋内で50人以上が集まって宗教的活動を行うことを禁止する一方でカジノなどについては収容可能人数の50%まで入場を認めており、感染リスクと比例しない制限を課しているので宗教的差別にあたるという。その結果、厳格審査をパスできないとし、違憲であるとした。ゴーサッチ裁判官やキャバノー裁判官も同様の反対意見を書いている。

 サウス・ベイ判決よりも保守派の裁判官が強く反発しているのは、より宗教への差別的色彩が濃くなっていると感じているからであろう。州は、礼拝施設については50人以下という厳しい制限をかけ、遊興施設等には収容可能人数の50%以下という緩やかな制限をかけていたわけであるが、場合によっては後者の方が相当密な空間になる余地があり、感染リスクと規制の厳緩が比例していない可能性が高いからである。

 また、ロバーツ長官は、もともと信教の自由の保護には好意的な姿勢を持っており、もっと規制の差別的色彩が強くなれば宗教的差別と判断する可能性もあった。事案次第では判決結果が変わる可能性もあったのである。

 このように、ロバーツ長官の判断次第では判決結果が変わる可能性があったが、連邦最高裁の人事により、保守派はロバーツ長官を味方に引き込まなくても多数派を形成できるようになった。10月、リベラル派のギンズバーグ裁判官の後任に保守派のバレット氏が就任し、この種の事案が違憲になる可能性が現実味を帯びてきたのである。

 

3 ローマ・カトリック・ブルックリン司教区対クオモ判決

 実際、バレット氏が連邦最高裁判事に加わると、すぐにその影響が出た。11月25日、ローマ・カトリック・ブルックリン司教区対クオモ連邦最高裁判決が、宗教活動規制に対して違憲判断を下したのである。判決は5対4の僅差であるが、バレット裁判官の加入により保守派が多数派になったからであった。

 この事件では、ニューヨーク州の宗教的活動規制が問題となった。ニューヨーク州は10月から感染リスクの程度に応じたゾーン規制を行い、警戒度が高い順に、レッドゾーン、オレンジゾーン、イエローゾーンに分けて指定した。

 レッドゾーンでは、食料品販売、医薬品販売、病院などの必須事業のみ営業を行えるとしたが、礼拝施設は収容可能人数の25%以内で最大10人までという制限が課された。オレンジゾーンでは、礼拝施設は収容可能人数の33%以内で25人までという制限が課され、イエローゾーンでも礼拝施設は収容可能人数の50%以内という制限が課された。これによって礼拝の規模が大幅に制限されることになったカトリック教会やユダヤ教正統派教会は、ゾーン規制が宗教的差別に当たるとして差止訴訟を提起した。

 匿名法廷意見(per curiam)は、レッドゾーンでは礼拝施設には10人以下という制限があるのに対し、必須事業にはそもそも人数制限がなく、オレンジゾーンでは礼拝施設には25人以下と制限しているのに対し、非必須事業ですら人数制限が課されておらず、宗教中立的規制とはいえないとし、厳格審査を適用した。そして、新型コロナ対策がやむにやまれぬ利益であることは明らかであるが、礼拝施設が新型コロナの感染を拡大させたという証拠はなく、司教区の教会やユダヤ教会でアウトブレイクが起きたわけでもなく、より緩やかな手段で感染リスクを軽減する方法があり、手段が厳密に仕立てられているとはいえないとし、違憲判決を下した。

 これに対して、3つの反対意見が出された。もっとも、ロバーツ長官の反対意見は差止を認めた結果にのみ反対しているだけで、合憲性の判断については多数意見に賛同的である。反対意見で注目されるのは、ソトマイヨール裁判官の反対意見である。ソトマイヨール裁判官は、これまでの判例は、パンデミック時、礼拝施設はそれと比較可能な●●●●●一般施設(コンサート施設や講演施設)に対する集会制限とほぼ同様の制限を受けることを示してきたのであって、本件もそうした比較を行えば宗教的差別は起きていないとした。

 

4 判断方法の分析

 このように、礼拝施設の人数規制の合憲性については宗教中立的か否かによって審査基準の厳緩が決まることを踏まえると、アメリカでは宗教中立的か否かの判断が決め手になっているといえる。その際、他の規制対象との比較を行いながら宗教的差別かどうかを検討している点が重要である。 

 サウス・ベイ判決におけるロバーツ長官とキャバノー裁判官の対立はまさに他の規制対象と比較して宗教だけを差別しているかどうかが争点となった。他面、ローマ・カトリック判決では、匿名法廷意見が人数制限されていない必須事業と人数制限された礼拝施設を比較したのに対し、反対意見は礼拝施設と比較可能な一般施設を比較した。つまり、規制対象を比較する場合でも、何を比較対象とするかによって差別に当たるかどうかの判断も変わってくる。必須事業と比べるか、カジノなどの遊興施設と比べるか、あるいはコンサート施設と比べるかによって異なるというわけである。

 もっとも、その違いがただちに宗教的差別になるわけでなく、礼拝施設の感染リスクおよび規制の強度と、その施設の感染リスクの程度および規制の強度を比べて、その比例性に差がないかどうかもポイントになる。もし礼拝施設の方が感染リスクが低いにもかかわらず他の施設よりも強い規制がなされている場合には宗教的差別に当たる可能性が高まることになろう。

 

おわりに

 日本でも緊急事態宣言が出た場合には新型インフルエンザ特措法45条2項に基づき施設使用の制限を要請することができるが、同条項及び施行令には宗教施設が含まれていない。施行令11条1項14号に基づき、厚生労働大臣が別途定めることができるが、専門家の意見を聞いて判断することになる。

 仮に宗教施設が対象に加えられて、信教の自由を侵害されたとして訴訟が提起された場合、原告側の主張は、要請にとどまるとはいえ信教の自由を間接的に制約する、といったものになることが予想される。裁判所がその合憲性を判断する際、アメリカの判例のように当該規制の宗教的中立性を検討することもありうるかもしれない。その際、専門家の意見をどのように考慮したかも、宗教差別の有無を判断する一要素になると思われる。

(大林啓吾・千葉大学教授)

 

 

【参考】アメリカ連邦最高裁人事の変化

2020年9月18日まで

保守派

リベラル派

ロバーツ、トーマス、アリート、ゴーサッチ、キャバノー

ギンズバーグ(9月18日死去)、ブライヤー、ソトマイヨール、ケイガン、

                   ↓

2020年10月27日以降

保守派

リベラル派

ロバーツ、トーマス、アリート、ゴーサッチ、キャバノー、バレット(ギンズバーグの後任として就任)

ブライヤー、ソトマイヨール、ケイガン

 

Copyright © 2020 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.