最終回:連載終了にあたって

 本連載では、各国の緊急事態宣言や感染対策、そしてコロナ禍およびその対策が惹起する個別の憲法問題について約半年にわたって考察してきた。その間も状況は目まぐるしく変化してきた。当初、第2波が来るかどうかという状況で始めた連載であったが、第2波に関しては緊急事態宣言を発令せずにいったん落ち着いた。そのため、Go To政策なども継続されていたが、しかし、冬に入ると状況は一変した。

 11月頃から感染者数や重症者数が一気に増え、第3波を迎えることとなった。そして2021年1月7日には2回目となる緊急事態宣言が発令されると同時に、2月3日には感染症法、新型インフルエンザ特措法、検疫法が改正されるに至った。これらの改正により、緊急事態宣言とは別に特定地域を対象とした重点措置規定が設けられ、営業の時短要請や休業要請に対する拒否、入院拒否や入院先からの逃亡などに対して過料が科せられることになり、また保健所の調査拒否にも正当な理由がない場合には過料が科せられることになった。

 このような変化は、「穏健型」を採用してきた日本が「強制型」に一歩近づいたことを意味する。しかし、それでもなお、日本はまだ強制型に踏み切れていない。なぜなら、強制型の特徴は何といってもロックダウンという手法を実施する点にあり、日本はまだそこまで踏み込んでいないからである。

 日本をこのように位置づけることができるのは、本連載において各国の対応を考察してきたからである。ロックダウンといっても、中国の武漢のように道路や駅を封鎖して住民の外出も禁止するという文字通りの都市封鎖もあれば、欧米のように在宅勤務を義務づけたり病院や食料品店などの必須事業(essential business)を除いて営業を制限したり大勢の集会を禁止したりするなどの措置もある。欧米の各規制は自粛要請のみならず命令によって実施されることが多く、罰則が付けられていることも少なくない。これらと比べれば、日本の法改正はまだ強制型には移行していないというわけである。

 もっとも、世界の状況を見ると、強制型または準強制型が趨勢になりつつある。当初「放任型」をとっていたスウェーデンが徐々に規制を行い始め、2020年12月にはマスク着用の呼びかけ、飲食店の同席可能人数の制限(4人まで)、アルコール販売時間の短縮(20時まで)などの対策をとるようになっている。ようやく穏健型に近づいた程度ではあるものの、規制を強化していることに変わりはない。

 それでは、コロナ対策は強制型が正解だったといえるのだろうか。強制型を採用した欧米の状況は日本よりもはるかに深刻であることを踏まえると、それが適切であったと安易に判断するわけにはいかないし、そもそもコロナが終息どころか収束すらしていない状況でそれに答えるのは難しいだろう。

 もっとも、その是非を考える際に忘れてはならないのはコロナ対策自体の妥当性だけでなく、コロナ対策がもたらした憲法問題を検討することである。本連載ではコロナ禍における憲法問題について日本や外国の状況を考察してきたが、日本が自粛要請を中心とした対策をとっていた間でさえ様々な憲法問題が起きることが判明した。それに強制的措置が加われば、憲法との緊張が一段と高まることになる。

 現時点では人類があらゆる感染症を克服するのは不可能である以上、この問題はコロナ禍にとどまらず、将来の新しい感染症との闘いにおいても顕現するものである。新型インフルエンザ特措法は2009年のH1N1型インフルエンザの経験を踏まえて制定されたわけであるが、今回コロナ禍に際して2021年に感染症関連法令が改正されて規制が強化されたことをかんがみると、次の改正はいよいよロックダウンを盛り込むかどうかが主な問題となりそうである。 

 ロックダウンは自由を大幅に制限することが予想される以上、感染症対策の視点のみならず、憲法の視点が不可欠である。感染症の問題に対し、自由と安全のバランスという観点から分析を試みるのは憲法学の務めであり、不断の検討が必要である。

 さて、本連載で取り上げてきた内容をもとに、3月11日に『コロナの憲法学』が刊行される。これまではいわば頭出しをした程度であったが、書籍では内容を掘り下げて分析し、また本連載では取り上げていないトピックも検討対象に含めている。各国のコロナ対応や緊急事態宣言の仕組みを解説し、コロナ禍で生じた憲法問題についても人権と統治の両面を考察しているので、関心のある方は是非手にとっていただければ幸甚である。

(大林啓吾・千葉大学教授)

 

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